”くやしい”

土佐高知を飛び出し、日本全国に足跡を残した幕末の忘士、坂本竜馬は、日本初の「会社」を設立するなど長崎との縁も深い。大株主となった薩摩藩の船で意気揚々と長崎に乗り込んだ竜馬に、司馬遼太郎はこんなセリフを言わせている。「長崎は、わしの希望じや」▼竜馬ファンで、高校時代から市長を志していたという伊藤一長市長(61)射殺事件の輪郭が少しずつはっきりしてきた。暴力団幹部の城尾哲弥容疑者(59)は、車をめぐるトラブルで長崎市に金銭を要求し、それが拒絶されたことを恨んだのが動機のひとつのようだ▼平成8年、産廃処理場の建設をめぐって岐阜県御嵩町の町長が自宅で襲われ、8年には栃木県鹿沼市環境対策部の職員が拉致殺害される事件があっだ。行政機関に不当な利益を要求し、かなえられねければ暴力に訴える。「行政対象暴力」という名の膿がたまりにたまり、長崎において最悪な形で噴き出した観がある▼今のところ事件に政治、思想的背景はなく、厳密な意味ではテロとはいえない。一部のメディアはことさら、反核や平和といった言葉とからめて論じたがるが、かえって事件の本質から目をそらすことになる▼伊藤市長が核廃絶運動に熱心に取り組み、米国の核政策に批判的だったのは事実だ。昨年7月、北朝鮮が弾道ミサイルを発射したのを受けて、翌月の原爆忌で読み上げた平和宣言には、その脅威にも警告を発している。北朝鮮への言及がまったくない広島の平和宣言の"偏り"とは対照的だった▼『竜馬がゆく』に描かれた竜馬は、破天荒にみえて、実は冷静に現実を見つめている。そのバランス感覚を受け継ぎ、政治家として活躍がますまず期待できただけに、余計にくやしい。(2007.4.20産経抄)