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●結い組みの精神で50年
故郷で培った隣近所扶助の心、故郷渡良は僻地で山間や段々畑と狭い山坂道を何をするにも人海戦術を必要とした生活であった。農家は作付け、収穫の農繁期(芋植え、田植え、麦刈り、稲刈り、シノウ)は人手を要した。特に梅雨前の限られた期間にやる麦シノウは結いを組んで、朝早くから夜遅くまで順番に各家を回ったものです。重いヤンマーの発動機と脱穀機一式4人ずつ肩に担ぎ、狭いワンド道(昭和20年代〜30年前半まで生活道も農道も車道はなく)を交代で運ぶ仕事は扶助の精神がなければ出来なかった。又そうした共同作業は日常茶飯事であり、漁を業とする家も船の管理や人手を要する瀬もの打ち(石を海に投げアジやカ′マスを網に追い込む漁法)は多くの人手を必要とした。お互いに助け合い 隣近所は家族同様に芋やダゴが煮えたら持ち運び振舞う習慣、各戸で出来ないことはお互い結いを組んで出来る人が補う。この故郷扶助精神の続編が東京渡良会です・年一度の総会での田舎料理(ノッペリ、ナマス、ニシメ、キンビラ、芋、ミナ、トコボシにウニ飯や、まぜ飯)を前の日から準
備ばしち皆で持ち寄つて食べる。最近はこれが楽しみのメインの一つとなつています。
そもそも東京渡良会(イモムシ会)は昭和29年に西触の西本定生さんが自衛隊に入隊される折に、壮行会を行われたのが始まりだと御先輩よりお聞きしております。因みにそのときの出席者は 岩田高、川瀬渡、馬場政芳、松尾勇、野口富雄の5名(何れも現在物故者)だったそうです。 本格的に会則や名簿が出来たのは昭和46年になってからです。会員名簿は 氏名、旧姓、生年月日、住所 電話番号、勤務先、屋号、父の氏名、出身触、と年代を問わず誰にでもわかる様に気配りをされたものでした。会員数は72名です
会の構成及び役職者名
顧問 岩田 高
会長 川瀬 渡
副会長 馬場政芳 松尾 勇
幹事長 野口富雄
幹事 大杉一雄 西本定生 蔵方 肇
(平成16年6月現在生存者 大杉一雄、蔵方 肇の2名)
その頃イモムシ会のお誘い連絡は電話が多く先ずはシボカデー、アアタナンバショルトでの挨拶から始まり日時を告げて、出欠の確認を貰う 出席者が少ないときなどは、出席者名の中から親しそうな方や近隣の出席者名を知らせ、あの人がデチコラシャルけんアァタモおいでなあと 再度誘いをかけることもありました。 都合で出席人数の確保がままならない年には、毎年の集まりでなく隔年開催ではの意見が出たこともありました。
そんな時岩田顧問を始め長老の御先輩より、俺たちは先がなかっばい 毎年やれ 皆んなとあうことば楽しみにしちょるとじやけん の言葉が妙に心に残り懐かしく思い出されます。自分もその心境に近じいたかな 年とともに望郷の念と 仲間の飲み会では、若かったころバカをやった青春の思い出話が必ず出てきます。先人たちはたくさんの思い出を残してくださいました。
東京渡良会会員は東京、神奈川、千葉、椅玉、静岡、山梨の一都5県に居住される、渡良出身者及び関係者で構成されていますが、年一回の総会に参加するためには 朝早くから県をまたぎ一日24時間の半分を費やしてまで、楽しい出会いのために参加してくださる会員さん0 また会を楽しい出会いの場にするため苦労されてる幹事さんや 田舎料理(フレメ)を前の日から準備してご持参していただく昔のお嬢さんたち 本当にご苦労さまでございます。 感謝の念でいっぱいです そんな皆様の心意気が会の原動力となり50年を迎えるに至ったのでございます。
これからも東京渡良会が楽しい出会いの場所であり ストレス解消の源となることを念じつつ
志を立てた青年が
50年の歩みによせて
2004/6/23(水)
「東京渡良会」は郷里を離れた諸先筆が戦後20年代後半に「芋蒸し会」として関東地区での集いを培ってこられたおかげで50周年の節自を迎えるに至った現在まで、交流をリードして頂いた先達の皆様方に感謝に耐えません。
人の輪も一朝一夕にしてならずですが、メンバーの交流会に加えて壱岐関係者との広がりも歴史を重ねて、今や壱岐市誕生となり「ふるさと」を守ってくれた壱岐の人々に拍手を惜しみません。
「遠くにありて想うもの」と申しますがいつの日も見守ってくれた故郷は、私連に幼い思い出を蘇らせてくれる「癒しJの共感をよぷ瑞々しい宝物として大切にしていきたいものです。
昨年の還暦式では多くの島外者の私共を町主催の催事にご招待頂いた「席」には感激致しました。
地元を離れて40数年経ても、在住のメンバーと差別感もなく、少しあつかましく堂々していたのは年のせいでもあり「幼なじみ」と共に入学、卒業式を顧みて懐かし過ぎて、照れくさいやら恥ずかしさの裏返しだったのかもしれません。
皆で記念撮影を終え十年後の「古希の集い」はここでやろうと決めました。壱岐で生まれてこれからも「生かされていく」自分が周りに「心」はGIVE〜GIVEともつと優しくなれるよう、「身」はTAKE〜TAKEと戒めて生きる「壱岐人」になれるよう、導いて頂き少しは壱岐に恩返しをと想いながら 前田太郎
http://www.sesshuukai.com/ 東京雪州会
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