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| ユーモアの効用 |
サー・ウィンストン・チャーチル |
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ドイツ人のようにユーモアがありー英国人のように料理が上手でーフランス人のように運転が静かでーイタリア人のように規律正しくーオランダ人のように気前がよくースペイン人のように謙虚でーアイルランドの人のようにいつも素面で、などー。 他者から見ての短所、欠点を茶化し、笑いあい、互いに楽しんでいる、このゆとりの精神を私はうらやましく思います。 このジョークに日本人を加えてみるとー「日本人のように自分の意見を明快に表現しー」とでもなりましょうか。 |
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では、なぜ日本人のユーモア感覚の発達が遅れている、または遅れていると思われているのでしょうか。欧米、西洋、広い意味でラテンアメリカ東南アジアまで含めて、多くの国々では、人間相互のコミュニケーションの潤滑油として、ユーモアがはっきりした位置をもち、市民権をもっています。とくに大勢の人々に語りかける立場にある人たち、指導者と呼ばれる人たちにとって、聴き手の注意を、つまり心を捉えるための手段としてのユーモアは、語るメッセージの内容に次いで重要なものと見なされています。 とくに政治家にとって、ジョークは「笑い事ではない」と言われる所以です。それに対し日本の社会では、ユーモアは親しい友人の間でのおしゃべり、同窓会、コンパ、二次会などのきわめて私的な場でしか陽の目を見ません。したがって海外の人たちからは日本人にはユーモアがない、あるのは駄洒落だけだ、と思われがちなのです。 日本人と世界各国の人たちとの意志疎通、コミュニケーションに、ユーモアといういわば香料を加えたいものです。ですから、「もし皆さんが「ジョウクを理解していないのが日本人」という皮肉を今度耳にされたら、こう言ってあげてはどうでしょうかー 「日本人は、和を尊ぶので、一応ここではニコニコとしておき、あとで皆で会議を開いて、笑うべきかどうか決めます」、と。 ユーモアにはユーモアで応酬する日本人に、国際社会から歓迎されることでしょう。・・・・と |
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レーガン氏が大統領の任期を終えて少したったころに、ある児童福祉施設を訪問したときのことである。大勢の子供たちから大きなクッションのプレゼントを受けたレーガン氏は とお礼の言葉を述べた。 |
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〔で、先生は何を食べていらっしゃるのですか〕 それが、吉田茂がこの世に残した最後のジョークとなった。89歳で昭和42年(1967)の10月20日にその天寿をまっとうした。 |