電気の鬼・松永安左エ門(情報源:「鬼の足跡 」渡良中学校便り93号から)

戦前から戦後にかけて電力業界を牛耳った人・松永安左工門さんは実は壱岐の人。
石田で生まれ、東京の慶応義塾大学に入学,福沢諭吉の教えに感化し人生観を確立、卒業
後は日本銀行に就職・・・・その後は九州電灯鉄道株式会杜の設立に参
画,松永安左工門は日本の電力業界の代表となり,日本の政治を左右するほどの存在にな
ったのです。
その間には,政府からの弾圧もあったとか・・波欄万丈の人生を送られた松永安左工門
の生涯を綴ったのが,左記ご寄贈いただいた「わが人生は闘争なり」という本です。
「電力の王」「電気の鬼」とも言われたようですがこの壱岐出身の人が日本を動かして
いたのです。
私もわずかながら知ってはいたのですがこの本を読んでみてホントにすごい実力者であ
り信念を持った実践家であったことを改めて感じました。
生まれたときから,97歳で亡くなるまでのことを詳しく書かれてあります。
生徒には是非読んで欲しい。考え方の違いはいろいろあるにしても,信念を持って頑張り
抜くその姿を感じ取って欲しい。自分のことより人のこと、自分の利益より
日本の利益・平和を求める姿と行動力に心打たれるものがあると思います。

く壱岐の島に電灯がついた〉
大正3年1月壱岐電灯会社設立(社長 松永安左エ門、常務 長島主税田河村村長)
この時には壱岐には12の村があったようですが村長からの資金と大半は松永安左工門
の資金で設立し、最初は清石浜の40キロワットのモ一ターを据え付けたそうです。
当時,電気を使用した戸数は1203戸、壱岐全体の人口39,000人程度だったようです。