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クレタでミノス文明が開花ギリシア本土のミュケナイ文明に影響
紀元前2000年頃※ギリシア…エーゲ海の青銅器文明は順調に発展を続け,交易の要に位置するクレタ島では,
このころ,宮殿の建設と海洋生物を写実的に描いた絵画に特色をもつクレタ文明が開花する。この文明は,クレタの伝説上の王ミノスの名をとってミノス文明ともよばれる。
前1800年代に入ると,最大の宮殿がクノッソスに造られる。大規模な長方形の中庭をもつ宮殿で、南のファイストス、東のマリアやザクロスにも同じ設計の宮殿が建てられる。
宮殿では、前1,700年ごろから象形文字に変わって線文字A が使われるようになる。これらの宮殿は、前1,700年ごろに地震で崩壊するが見事に再建され、新たな宮殿時代を迎え、前1,600〜前1,400年ごろが、この文明の最盛期となる。
宮殿は、行政だけでなく宗教的祭祀の中心としての役割を果たすようになる。宮殿が壮麗なのは、神殿としての役割が必要になったからだとされているが、線文字A は未だに解明されておらず、ミノス文明の担い手を特定することは出来ない。ところで、クレタの影響下に青銅器文明が発展したギリシャ本土では、前2,000ごろインド=ヨーロッパ語族が入り込み、クレタの影響を受けつつも独自の文明を築き上げた。彼らは、先進のクレタに進出し,線文字Aをまねてみずからの言葉を表す線文字Bを考案する。
クレタのミノス文明に影響を受け、ギリシャ本土のミュケナイを中心に栄える文明がミュケナイ文明である。巨石で築いた城塞、高度な工学的技術を使った大地下墳墓、優秀な金工品のその特徴がある。線文字Bはギリシャ語として解読され、ミノス文明崩壊の時期にギリシャ人がいたことがわかっている。
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